ホーム > その他 > 学会名称問題 > 意見欄 > 関係記事 > 誌上フォーラム:「国語学」と「日本語学」
《誌上フォーラム:「国語学」と「日本語学」》
(『国語学』52巻3号(206号) 2001・9・29 p.81-82)
こしかた ゆくすえ
宮地 裕
“What is your business?”
“I'm a researcher of the National Language Institute.”
“What language?”
“Oh! the Japanese language.”
――1950年代後半,相手はアメリカ人の教授,所は東京の国際文化会館。
「国立国語研究所」の英訳は創設以来不変だが,「国語」「国語学」の名称のことを私が考えるようになったのは,この頃からである。1990年代半ば,ある会議のアイウエオ順の席に並んだ三人は,口をそろえたように「日本語」の説を述べた。J.V. ネウストプニー教授・宮島達夫教授・宮地の三人だった。
☆
もっぱら「国語学」の時代,ある教授が言った。「きみ,現代語ばかりやってると,大学に呼びにくいぞ。」ナニヲっと思ったが,歴史のことをまともに考えるようになるまでには20年ほどもかかった。暗愚である。社会と歴史のうえに文化が存立する。文献国語史は日本文化についての,あるいは,日本文化自体の,有力な発信主体だが,その全貌を語りはしない。「日本語学」は日本の社会と歴史,そしてその文化を背景とする日本語の研究であってほしい。
☆
私の実家(?)は国語学だが,婿入りさきは日本語学である。講座の『日本語学』『日本語と日本語教育』などや,もう20年になる月刊誌『日本語学』との縁もあり,大阪大学文学部・文学研究科の「日本学」6講座とのかかわりもあった。この「日本学」は,その後,編成替えになった。現状,「国語学」は「国文学・東洋文学講座」に属し,「日本語学講座」は3教授・3助教授・1講師・2助手・1教務員の別講座だ。ほかに3教授・2助教授の「日本学講座」がある。たとえば一つの現実は,このフォーラムの先きを行っている。
☆
伝統のしがらみは変革を許容しにくい。断行するには,そのメリットへの大方の支持を得なければならない。「日本語学」への変革にブレーキをかけるものは,内部の保守本流のほか,(1)「国語教育」(2)「国語課」という教育・研究の行政・運営の体制であり,歴史であろう。すでに並立している「国語教育」と「日本語教育」にも触れないわけにはいかない。もし,「国語課」が「日本語課」になり,「国立国語研究所」が「国立日本語研究所」になったとすれば,あまりむずかしいことを言わなくても,その内容は時間とともに変革をとげるであろう。
「国語学会」は,より早く「日本語学会」になりうるであろう。自主的学術団体だからである。とすれば,本誌『国語学』は『日本語学』を称したいということになるかもしれないが,既存の月刊誌にも,五分の魂があるし,あるべきでもあろう。それより,私は,古巣の研究所がまず第一に研究を旨として,世界に通用する成果を積んでいってくれることを切に期待したい。それこそが,日本語教育への貢献とともに,国益に叶うものだと思う。現状は,あえて言えば,どうも腰が据わっていないように見える。腰を据えさせる責任は,まず研究所自体,ついで文部科学省あるいは文化庁国語課にあるであろう。「独立」とはいえ「行政」の「法人」という名と理念は,大学や研究機関にふさわしいものとは,到底考えられない。将来に及ぶその責任を,だれが取るのであろうか。
☆
地域研究を優先すれば,「日本学」はその一部だが,日本語教育学はその一部にはならない。「日本」は,いまや地域を越える一面がある。学問分野を優先すれば,言語学の一分野として日本語学がある。「国語」は中国春秋時代の史書として知られるように,もとは「お国語り」らしい。「お国言葉」の意味もあっただろう。「くに」の概念の変化とともに,むずかしい話しになってはいるが,近代の「国旗」「国歌」などの「くに」より,深く長い歴史と心情があることにも心すべきかと思う。
☆
「『国語学会』を積極的に支持する意見」も,いずれ伺えると思うので,さらに考えたいと思っているが,学界・学会および研究内容あるいは研究分野の,そのこしかたゆくすえを思うと,私は「日本語学会」派に組するものだから,格別のことでもない所見である。ただし,「日本語学」は「文献国語史」を包含するものだし,分裂する必要もない。運営が不可能だとも思わない。計量国語学・社会言語学・訓点語学・文法論・語彙史論など,大小さまざま,それぞれの活動があっていいが,学術会議その他,国内・国際の研究行政・学術交流の現実への気配りも,幹部には必要であろう。
☆
公開討論会と訳されるフォーラムも,誌上となれば時間がかかる。前号のお二人のご意見にもこまかくは議論があるだろう。この小見にもご意見を,と期待する。(2001・7)
――大阪大学名誉教授――
(2001年7月13日 受理)
※なお,ホームページへの掲載にあたり,htmlファイルでは表示が困難な表記形式は別の形式に置き換える(傍点→太字,丸付き数字→カッコ付きの数字 等)などの,必要最低限の形式上の改変を加えています。