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《誌上フォーラム:「国語学」と「日本語学」》
(『国語学』53巻2号(209号) 2002・4・1 p.95-96)
偏った日本語学から中立的な日本語学へ
野田 尚史
私たちの研究領域を「国語学」と呼ぶのか「日本語学」と呼ぶのかが議論になるのは,それぞれに長所と短所があるからである。そうであれば,理念で決めようとしても決まらない。多くの人が容認できる形にしようとすると,理念には踏み込まないで,実務的に,名称という,うわべの装いだけを決めるしかないだろう。
そうする場合,私は,日本語に関する研究すべてを含む領域として「日本語学」の名称を使うほうが総合的に見てメリットが多いと思う。そして,学会名を「日本語学会」,学会誌名を「日本語学研究」にするのがよいと考える。
以下,5項目に分けて,「日本語学」という名称の使い方や,「日本語学会」として現在の国語学会を維持する意義,「日本語学」という名称のメリットなどを述べてみたい。
- 「日本語学」という名称を中立的な名称として使おう
「日本語学」という名称は,「国語学」とは違うことを意識して作られたものである。そのため,日本語を多くの言語の一つとして見るとか,現代語研究を中心にしているとかいったニュアンスが感じられやすい。しかし,「日本語学」という語の語構成から考えると,そのような意味はなく,むしろ中立的な用語だと言ってよい。偏った意味にとられる「日本語学」ではなく,日本語に関する研究はすべて「日本語学」だという中立的な意味で「日本語学」を使うのがよいと思われる。
とりあえず理念には目をつぶって,次のような風潮を認めようということである。 近年は,旧来の国語史の内容をそのままにして,名称だけを日本語史と改める風潮が顕著に認められる。(小松英雄『日本語の歴史』p.19,笠間書院,2001) - 国語学会の研究領域を維持し,発展させよう
研究の細分化が進み,学会の細分化も進んでいる現在,日本語研究の全域をカバーする学会が存続する意味は,これまで以上に大きい。現代語研究も歴史的研究も方言研究も,それぞれすでに一定の到達点に達し,これからの展開に苦しんでいる面がある。次の段階に進むためには,国語学会のような日本語研究すべてを含む学会が存続し,その中で,研究対象や研究方法が違う研究を融合した学際的・総合的な研究が行われるような環境を作っておく必要がある。実際,次のような新しい研究も芽生えてきている。
- 近藤泰弘『日本語記述文法の理論』ひつじ書房,2000.
- 沼田善子・野田尚史(編)『日本語のとりたて ――現代語と歴史的変化・地理的変異――』くろしお出版,2002予定.
- 学会の維持・発展のために若い人材を獲得したい
私たちの研究領域を維持し,発展させていくためには,常に若い世代がこの研究領域に入ってきてくれ,学会の会員になってくれなければならない。今後,若い世代にとっては,「国語学」より「日本語学」のほうがなじみのあるものになっていくはずである。大学の学科名や専攻名,授業科目名なども,また使用される教科書名も「日本語学」系の名称のものが多くなってきているからである。
たとえば,全国の大学の学科名は,次の表のように,10年前は「国語学・国文学」系の名称が「日本語学・日本文学」系の名称の2倍近くあったが,現在は,逆に,「日本語学・日本文学」系の名称が「国語学・国文学」系の名称の2倍半にもなっている。
全国の大学の学科の名称(『全国大学案内』に基づいて集計したもの) 国語学・国文学系 日本語学・日本文学系 1992年対策版(梧桐書院,1991) 66%(65校) 34%(34校) 2002年度版(教学社,2001) 28%(29校) 72%(74校) - 中国や韓国の「国語学」との混同を避けたい
中国や韓国でも,自国語の研究を「国語学」と呼ぶことがある。つまり,同じ「国語学」という名称でまったく違うものを指すことがあるということである。中国語・韓国語と日本語の対照研究などが盛んになると,このような状況は混乱を引き起こす。
たとえば,『日本語教育論集 世界の日本語教育』11(国際交流基金日本語国際センター,2001)には,参考文献として,152ページに日本の国語学会の『国語学』150(1987)掲載の論文が,165ページに韓国の國語學會の『國語學』16(1987)掲載の論文が挙がっている。
こうした混乱を避けるための名称変更は,日本の国語学会が率先して行うべきだろう。 - 他学会の名称変更を参考にしよう
学会の名称変更は,これまでもいろいろな学会で行われてきたことである。現在,名称の変更を検討している学会もある。そのような学会の中には,次のように,ホームページで名称変更の理由やその手続きについて情報を公開しているところがある。
- 日本臨床検査医学会(2000年11月に日本臨床病理学会から名称変更)
- http://www.jscp.org/(日本臨床検査医学会ニュース2000年7月など)
- 日本ファジィ学会(知能情報学会または知能システム学会への名称変更を検討中)
- http://wwwsoc.nii.ac.jp/soft/(学会・学会誌名変更に向けての提案とお願い)
――大阪府立大学教授――
(2002年1月18日 受理)
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