日本語学会2016年度秋季大会シンポジウム概要(詳細版)
lastupdate 2016/9/6

文献資料の最前線―原本・出版・デジタル―

 

趣旨

 文献資料を用いた日本語史研究が,これまで数々の輝かしい成果を上げてきたことは言うまでもありません。特に近年は情報通信技術(ICT)が格段に進展し,多くの文献資料を原本や複製本によらなくても瞬時に収集・分析することが容易となり,より広範に,より精密に研究できる環境が整ってきました。これでもう原本調査に出かけたり,複製本を購入したりする必要は無くなったように思われそうですが,実はそうではないようです。原本には研究者を惹きつけて止まない多くの魅力が隠されていて,新たな発見や感動が必ず埋まっています。一方で複製本も,高精細画像の閲覧がパソコンの性能とビューアーによって大きく左右されるのとは異なり,利用者によって見え方が異なるなどということはなく,また紙面に自由に書き込めるという使い勝手の良さも持っています。

 大事なことは,文献資料が持っている(「無限の」と言ってもよいでしょう)魅力を,どの媒体でどのように引き出し,次世代に繋げて行くことができるのかということであると思います。本シンポジウムでは,これまで様々な立場から原本に関わってきた4人の方から,それぞれの最前線の取組をお話しいただき,文献資料に基づく日本語史研究の未来を探ります。

 

【藤本幸夫】木版本の鑑定について

 人文科学研究のどの分野においても,歴史学的研究に携わる際には,資料―その中心となるのは文字資料であるが―との対面は避けられない。近年写真や画像技術の発展と共に,また原資料の閲覧制限が厳しさを増す中で,原資料を避け,影印資料で済ませようとする傾向が益々増えつつある。現在中堅の研究者の多くはそのような環境の中で育たれたのであろうと思われる。資料に対した時に,どのように接すればよいのか。その資料がどの国のものであっても,基本的には同じである。

 今回は木版本を例に取り,特に基本的な鑑定法といわれる,刊・印・修について述べたい。その際筆者が長年研究してきた朝鮮文献をも援用するが,版心(印面の中央部)に刻された刻手名の有効性に言及する。

 

【吉田祐輔】影印出版と原本資料

 勉誠出版は,昭和42年(1967年)に創業し(当時の社名は勉誠社),現在に至るまで社業の一つの柱として学術資料の影印出版を手掛けてきた。その最初の出版は『古京遺文』(山田孝雄・香取秀真 共編・明治45年刊)のリプリント本であった。その巻末に記された山田忠雄先生による「再刊の辞」には,以下のようにある。

 「勉誠社池嶋洋次氏,一日茅屋を訪ね創業の抱負を語る。聞くに,志,己が写真技術を生かし名著の復刊を図り以て学界を益するに在り。」

 学術系版元における影印書籍の出版とはどのような営為であるのか。どのようなプロセスで企画が動き始めるのか。また,Web上における資料のデジタル公開が世界的に広まるなか,影印出版は今後どのように展開していくのか。

 原本と影印版との距離を意識しながら出版に携わってきた観点より上記の点について考えてみたい。

 

【小野博】フルデジタルで見えること

 弊社は1994年から5年間行われた科研「沖縄の歴史情報研究」での取り組みを基礎に,デジタルアーカイブの推進を目指し創業した。研究のためのデータを作ることを主な目的として取り組んでおり,中でも高精細画像データの追求とそれによる新しい解析に着目し続けている。また,創業時より正倉院聖語蔵経デジタル化事業に一貫して関わっており,高精細画像から新たな知見を引き出せる可能性を示すことができた。

 これらの成果を一般に示す手段については,情報通信技術(ICT)の発展に合わせて柔軟に対応してきた。現在では高精細画像や研究成果など様々な情報を複合したコンテンツをPCだけでなく,タブレット端末やスマートフォンでも閲覧できる仕組みを実現している。

 今後は資料に関わる研究成果・情報がわかりやすくインターネットを通じて世界に公開され,世界中の研究者が相互に研究の発展に取り組むことができるようになればと考えている。

 

【佐々木勇】今なぜ古文献の原本調査が必要か

 古文献を大量に伝存する日本在住の研究者は,原本から得られる学術情報を学界に広く発信すべきである。本発表では,まず,古文献を活用した研究の環境整備が進んでいることを述べ,つぎに,原本では複製物に加えて何がわかるのかを述べたい。

 複製物が無い本は,原本を見るしかない。また,複製物ではわかりにくい朱点・白点・角筆点,複製されることが希な紙背や小口の文字などは,原本閲覧が必要である。

 さらに,複製物があるものも,複製物では,「文字・言語を使用の場に戻す」ことができない場合が多い。いかなる素材のどこに,何を用いて,いかに書いたかを原本調査によって知ることで,どのような場で,いかなる人物によって,誰に向かってその言語が使用されたのかを知る手がかりが得られる。

 研究環境がいかに変化しようと,原本でなければわからない事柄は残ると考える。

 

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